変わりモノがいい!

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電機メーカは消えました、車メーカはどうなるのか?

想像もできないことでした。

もうだいぶ前になりますが東芝が解体されました。
日本を代表する電機メーカである東芝が解体されるなんて誰が想像できたでしょうか。
東芝が解体された日、日本の電機メーカが消えた、それも完璧に消えた日になりました。 白物家電を始め、どんどん資産を切り売りし、とうとう解体。
残っている日立にしても既に製造業とは言えなくなっており、昭和の時代に電機メーカで働いた身としては、凋落した電機メーカの姿を見ることは悔しくてたまりません。
なぜ、こんなことになってしまったのか、なにを間違えたのか。
そのことに対する一つの答えを書いた本がありました。
それが、コレです。
東芝解体 電機メーカが消える日

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日本の電機メーカの強みってなんだったのでしょう?

なぜ負けたのかを考える前に、日本の電機メーカの強みが何だったのかを理解する必要があります。
東芝にしても日立にしてもお手本はGEだったと思います。 GEは20世紀の多角化の教科書と言われました。 GEをお手本にして東芝も日立も多角化を進めました。
電子部品から発電所までなんでも造っていました。 それも全て自前で造ることが当たり前でした。 昭和の時代、日本の電機メーカの競争相手は欧米の、特に輸出先であるアメリカの電機メーカが競争相手であり、日本は価格と品質で優位性を確保していきました。 僕の嫁さんのお母さんが言っていました。 日立の洗濯機のモータはどんな使い方をしても壊れないね、丈夫で長持ちのいい洗濯機だね、と。
日本の電機メーカは、この、安くて良い品を、製品の企画から製造、販売までを一貫して行う垂直統合の形態で行っており、これが得意でした。
アメリカにも勝てる安くて良い製品を出し続けることができたことから、技術立国ニッポン、という言葉が生まれました。
ふむふむ、日本の強みは、安くて良い品を作り続けることができたことね、とまずは理解し、それを実現することができた理由を考えてみましょう。

普通の国においては、軍事に係ることで技術が進化していきます。 軍事には、国防という国民の生命を守るという一番大切な目的を実現するために莫大なお金が投入されます。 でも日本では色々な理由から軍もなければ防衛のためのお金を確保することさえできません。 でも、日本の技術は政界から観ても驚くべきスピードで進化していきました。 どうやったのでしょうか。
そこには日本における2大ファミリーが関係していました。
2大ファミリーとは、東電を筆頭とする電力ファミリーと電電公社が支配した電電ファミリーです。
自由化まえの日本の電気料金や通信料金は他国と比べて非常に高いものでした。 日本は燃料を輸入しているから電気代が高くても仕方がないよね、と僕も思っていましたが違っていたのです。 そうなんです、日本は社会主義国より社会主義が成功した国で、電気料金や通信料金にコントロールして電機メーカの財源を作ってきました。 通信も同じです。 電電公社の独占だったので高い通信料を払ってきたわけです。 電力ファミリーと電電ファミリーに入ることで電機メーカは、安心して開発に専念できました。 このことが日本の電機メーカの強みを作ってきたと思います。  良くある話ですが、この強みが最終的に電機メーカが消えることになる弱みになりました。

f:id:ken2017:20200614064125j:plain  松野博さんの記事を引用

どういうこと?と思われるかもしれませんが、電機メーカで当事者であった僕は良く理解できます。
日本において電力の顧客は電力供給会社しかいなく、それも地域別に分かれています。
通信に至っては電電公社しかありませんでした。
電機メーカは、電力供給会社、電電公社が望むものを作ってきました。
特定顧客向けですね。
競争相手は限られたメーカであり、そこより勝るものを作ることが大命題でした。
その思考が白物家電などにも伝搬し、利用者のためというより他社より優れていることが製品開発の目的になりました。
日本の家電や携帯電話が使いきれない機能を搭載し、取扱説明書なんて読む気になれず結果的に最低限の機能しか使っていなかったように思います。
それでも電機メーカの製品が売れたのは、日本市場がそこそこ大きく国民も豊かだったからと思います。
賞与が出るたびに家電の新製品を買っていた記憶があります。
冷戦時代は、これで良かったのです。
アメリカが冷戦で忙しかったので、ある程度は日本の挙動を許していました。
冷戦が終わりアメリカが産業界に帰ってきてから、そしてリーマン後の中国の傾倒にによって日本は圭滅的なダメージを受けることになりました。
競争相手が、欧米だけでなく韓国や中国も競争相手になってしまいました。
アメリカに住んだ時に驚いたことがあります。 Best BuyやCoscoで売っているのはほとんどがSamsungやLGのテレビで日本製が見当たりませんでした。

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やっとのことで東芝のREGZAの55インチを見つけたらなんと5万円以下。 どういうこと?と思いました。 当時の日本では10万円以上していたと思います。
世界市場で戦うということはこういうことなんだなと思いました。
また、驚いたことの一つにエレベータがあります。
アメリカのエレベータは日本では考えられないくらいの出来で動き始めも止まり方もぎくしゃくして酷いものです。 でも、皆、気にしていません。 日本では10円玉を立てて、エレベータが動いても倒れません、と宣伝したりした時がありましたが海外の人は気にしていなかったのでしょうね。
欲しいものでは無かったのでしょうね。
電力供給会社や電電公社の要求するモノだけを作り、競合他社との競争に勝つことを目的に活動してきた結果、市場が要求するものが何かが判らなくなったのでしょうね。
DRAM、液晶、白物家電、発電設備と電機メーカが撤退を重ねていった原因がここにあると思います。
高コスト体質+顧客要求への対応力不足+スピード感の無さ。
電機メーカに努めてきたエンジニアとしては悔しいですが認めざるを得ないと思います。 そのことを突き付けてきたのが、この本でした。
もう一つ、日本の電機メーカの弱みを加えるとするならば、雇われ社長、というのもあります。 これは根が深いです。 逆の意味で京都のメーカの強みが良く判ります。

さて、車メーカは大丈夫でしょうか。

車メーカは、電機メーカと違い、パトロンもいなく、結構タフな活動をやってきたので今も生き残っていると思っています。 テレビで放送されたリーダーズを観て車メーカのタフさと産業構造の深さを感じました。 でも、車メーカは別の意味で大きな転換点にきています。
内燃機関の優位性でやってきたわけですが、内燃機関を使わない車が増えてきて、というか使わない車に移行することを要求されている今、何をもって優位性を出すのか、という問いをぶつけられています。 極論すると誰でも車を作れる。 TESLAがその代表格ですね。 中国で電気自動車が多い理由もここにあると思います。
トヨタの社長が中国に力を入れたり、特区で高度なデジタル社会を実験しようとしていることは理解はできますが、それで上手くいくようには思えません。


Woven Cityイメージビデオ(long ver)

理由は簡単。
日本のアドバンテージがなく、世界中の皆が同じだから。
正にレッドオーシャンです。
日本人はレッドオーシャンで勝てるような国民性ではないですね。
なんとかブルーオーシャンを見つけないといけません。
ブルーオーシャンはあるはずです。
それは、日本人が日本人の良さを否定するように仕向けられてきたので日本人の良さを判らないところから問題が始まっています。
この自虐史観を乗り越えて、日本人の良さ、日本企業の強みがなにであったか、今、なぜ負けているのかを正確に分析できれば絶対に勝てます。
僕の個人的な意見では、デジアナに答えがあると思っています。
製品そのものではなく思考方法としてですが。
自分の良さを放棄してみな失敗しています。
自分良さに気づき、それで世界で勝負できるメーカが一つでも多くなることを祈るばかりです。
追加でひとつ。
メーカの国内回帰は必須です。
サプライチェーンがどうのこうのの前に、垂直統合的なところに日本の強みがあるので、それを放棄することは致命的と思っているからです。

では、また。

(参考図書) 

 

 

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