変わりモノがいい!

変わりモノには価値がある・・・ハズ?

なぜ日本は楽しくなくなったのか?

ショックな話を聞いたんですよね。

昨年の6月になりますが、ある人からショックな話を聞きました。 なんと大企業の新入社員の3割が3年以内に転職している、という話です。 聞いたときには、そんなバカな、と思い、自分でもネットで調べてみましたが、なんと事実でした。 今、日本でなにが起きているのでしょうか。 転職は必ずしも良くないことではないですが、入社3年以内に、という言葉に不健全さを感じてしまいました。 若者にとって今の日本の会社は楽しくないのでしょうね。 でも、そのことを会社の中にいる人間は気づいていないか、気づいていても変えれないか、気づいているが変える気がないか、でしょうね。 でも言えることは一つ、転職後に入る会社でも同じことが起きる可能性が高いわけで、その時、若者はどこに向かうのでしょうか。 そう考えると少々恐ろしくなります。

f:id:ken2017:20200422094546p:plain

若者が楽しくない原因はなんなのでしょうか?

今思い起こしてみると僕の周りにいた若者の中にも、転職希望組がいました。 僕が50歳過ぎ頃に一緒に仕事をしていたメンバの中に自分の息子と同い年の若者がいました(それよりも若いメンバも沢山いましたが)。 その若者も転職希望組でした。 彼とは色々と会話したり飲みにも行く仲だったので色々と話を聞く機会がありました。
会話の中で気になったのが、
1)上長との関係性の希薄さ
2)技術力向上に対する焦り
3)組織内における自分の評価に対する関心
でした。

f:id:ken2017:20200422123001p:plain
上の3つのことは全て理解できますね。 偏見かも知れませんが、上の3つのことは昔ながらの日本の企業でやってきたことを否定して新しい評価制度(成果主義)を導入してきたツケが表面に出てきているのではないかと思っています。 昔ながらの日本の企業でやってきたこと、とは、なにか、というと、誤解を恐れずに言うと、ある意味で徒弟制度での技術の習得、ですね。 徒弟制度というと回顧主義者の妄想、と思われるかもしれませんが、良い面も色々あったと思っています。 どうしてこうなったのですかね。 起点はバブル崩壊からですね。 それでは、バブル崩壊前後でなにが変わったかを考えてみたいと思います。

ところでバブルってなんだったの?

バブル崩壊前後を考える前に、バブルってなんだったのかを考えてみたいと思います。
まず、バブルによって吹っ飛んでしまった平成景気の期間は、1986年11月から1990年中頃です。 これは、戦後の好景気の代表である岩戸景気(42か月)を凌ぐものでした。 経済が実力以上にふくらんでいるバブル経済の中で、土地や株が本来の価値を無視した形で高騰していき、永遠に上がり続けるという錯覚に陥らせました。
バブル崩壊に至る道のりには、
日本の巨大な貿易黒字(アメリカの巨大な貿易赤字)⇒プラザ合意 ⇒ ドル安円高 ⇒ 円高不況 ⇒ 公定歩合引き下げ ⇒ ドル安によるアメリカのインフレ不安 ⇒ ドル安ストップ ⇒ アメリカが日本に金利引き下げを要請 ⇒ 公定歩合引き下げ ⇒ 資金過剰 ⇒ バブル ⇒ バブル崩壊
あ~あ、と言いたくなりますね。

f:id:ken2017:20200422122722p:plain
このバブル、崩壊した問題よりも、バブル後の日本の針路を大きく狂わせたという大罪があります。 バブル崩壊後、不況による影響で安価な労働力を求め日本の企業が中国へ出ていきました。 僕が考える、バブル崩壊前後での一番の違いが、このことです。
言い過ぎかも知れませんが、崩壊前は国内生産主体、崩壊後は海外生産主体、と思っています。 これが企業から活力を奪ったのではないかと思っています。

バブル崩壊後の問題はなにが悪いか

僕が会社に入った時の設計室の風景を思い出すと、まず、定年が55歳だったということもあり50歳以上の人は本当に少なかったと思います。 また、人数も少なかったですね。 ということで俗にいう管理職も少なく、20代、30代でも固まった仕事をしていたと思います。 一人の人間の範囲が広かったと思います。 加えて、スペシャリスト系もジェネラリスト系も訓練組織であるチームがあったと思います。 更には、働きたかったどれだけでも働けたと思います。 あることに習熟するためには膨大な時間が必要で、若い時期には比較的時間を使いやすいので思いっきり仕事をしていたように思います。 よく言いますよね、ピアノにしても英語にしても1万時間訓練すれば上達する、と。 仕事も全く同じですね。 こうやって若者は訓練されていったと思います。 それがバブル崩壊とともに崩れ去りました。 バブル崩壊の大罪は、日本の良いシステムを破壊してしまった、ということと僕は思っています。

具体的にはどういうこと?

まず、デフレで経済活動も思考も全てが縮小、マイナス方向に進みました。 新しいことを考える、始める、なんてことができにくくなりました。 お金も使えない、人も増やせない、歳をとった人の受け皿もなくなり組織体の新陳代謝ができない、となりました。 評価指標の最上位にお金というものが出てきて、海外生産、成果主義が出てきました。 海外生産、成果主義は若者から技術力向上や新しいことへ挑戦する機会とポジションを奪っていきました。 我が世の春を謳歌した日本の半導体メーカはどこに行ったのでしょう。 半導体メーカだけでなく、電機メーカも造船や鉄鋼も昔の姿はないですね。 縮小思考で効率向上しかやってこなかったので時代の変化に対応できなかったことが今の日本が楽しくない原因と思います。 過去の記事にも書きましたが、日本はさまにイノベーションのジレンマの状態になったわけです。 20世紀に機械、電気で我が世の春を謳歌し、電子やソフトウエアが主体の21世紀への移行に失敗してしまったわけです。 数年前にやっとそのことに気づき舵を切り始めた大企業もなくはないですが欧米企業の真似をしようとしているだけで、それでは彼らに勝てる気がしないですね。 なぜ、日本の企業は自分たちの良さを放棄してしまったのでしょうか。 日本企業は、というと言い過ぎですが、日本を代表する企業でも自分たちの良さを放棄しているようにしか見えません。 こういう中で若者が楽しく仕事ができるわけないですよね。 さて、どうしましょうね。
日本の中に変化を起こす必要があります。
が、今の武漢ウイルス騒動に対する与野党、メディアの姿を見ていても悲観的なことしかイメージできないですね。 今思うのは、
1)トランプ大統領のように中国から企業を国内に呼び戻す。
  その際に中国内の資産を放棄する必要があるが、それは国が補填する。

jp.reuters.com

2)トヨタが静岡県にコネクティッド・シティーを作ったように
  目的別の特区を作り、ブットンだことを始める。

jidounten-lab.com

おっとだんだんと浮世離れしたことを書き始めたので、ここらで止めときますかね。
それにしても、若者が楽しく仕事ができる社会を作らない限り日本が幸せになることはですね。 その責任は、そういう経験を先輩たちにさせてもらってきた人間である今の50代以上の年寄りにありますよね。 そのことを推進する目的にシニア社員を総動員しても良いのではと思います。 如何でしょうか。

このお題は、続く・・・   ですね。

(参考図書)

  
  

 

プライバシーポリシー お問い合わせ